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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(あ)1923号 決定

本籍および住居

福岡県飯塚市吉原町五四六の二

医師

豊永敬一郎

明治三六年五月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四七年九月一四日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人加藤美文の上告趣意のうち、憲法三六条違反をいう点の実質は、量刑不当の主張であり、憲法三九条違反をいう点は、原審でなんら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三)

昭和四七年(あ)第一九二三号

被告人 豊永敬一郎

弁護人加藤美文の上告趣意(昭和四七年一一月一五日付)

第一審判決を支持した福岡高等裁判所の控訴審判決は、憲法第三六条、同三九条に違反していて、破棄を免れないその理由はつぎのとおりである。

一、被告人の申告すべき昭和四三年分の総所得金額は六七五一万九四八四円であつて、これに対する所得税額は四一二一万五五二七円であつた。(第一審判決はこの所得税額を三二九二万七五〇〇円と判断しているが、これは納付すべき所得税額であつて被告人がこの年に源泉徴収をうけてすでに納付している八二八万八〇二七円を、これに加算すべきである。これを加算すると四一二一万五五二七円となる)ところが被告人は総所得金額は三〇三七万七三二八円であり、この分の所得税額が一五六〇万三〇二七円(第一審判決は、これを七三一万五〇〇〇円と判断しているが、これは源泉徴収額八二八万八〇二七円を看過しているためである)であるとして、源泉徴収分八二八万八〇二七円を差引いた残り七三一万五〇〇〇円を納付して所得税額二五六一万二五〇〇円を免れたのである。同様に昭和四四年分の総所得金額は八五二六万六四九六円であつて、これに対する所得税額は五四一八万八一六〇円である。(この年の源泉徴収分八四三万五〇六〇円を四五七五万三一〇〇円に加算した)ところが被告人は総所得金額は二八七八万六六一三円であつて、これに対する所得税額は一四五〇万六八六〇円(この年の源泉徴収分八四三万五〇六〇円を六〇七万一八〇〇円に加算した)であるとして源泉徴収分八四三万五〇六〇円を差引いた残り六〇七万一八〇〇円を納付して所得税額三九六八万一三〇〇円を免れたのである。

そうすると昭和四三年と同四四年分を合算すると総所得金額は一億五二七八万五九八〇円である。

右に対する所得税額は九五四〇万三六八七円であり、逋脱金額は六五二九万三八〇〇円である。

二、さて、国税通則法第六八条によれば、被告人は、重加算税を賦課される。何故ならば、刑事訴追をうける位の事案であれば、当然重加算税の対象となるからである。その金額は過少申告加算税額の計算の基礎となるべき税額に百分の三十の割合を乗じて計算した金額である。過少申告加算税の計算の基礎となる税額は、結局は逋脱税額である。

従つて、重加算税は逋脱税額の三〇%である。本件の場合、逋脱金額が六五二九万三八〇〇円であるから重加算税額はその三〇%の一九五八万八一四〇円となる。

次に国税通則法第六〇条により被告人は延滞税を納付しなければならない。その率は延滞した国税の金額の年一四・六%である。勿論本件の場合は逋脱税額である。本件は昭和四五年に査察が行われているから、昭和四三年分の逋脱金額については、二年分の二九・二%が、昭和四四年分は逋脱金額の一年分の一四・六%が、夫々適用される。そうすると、四三年分の延滞税は二五六一万二五〇〇円の二九・二%の七四七万八八五〇円であり四四年分の延滞税は三九六八万一三〇〇円の一四・六%の五七九万三四六九円である。

すると所得一億五二七八万五九八〇円に対し

所得税は 九五四〇万三六八七円

重加算税 一九五八万八一四〇円

延滞税 一三二七万二三一九円

計 一億二八二六万四一四六円

となり、一億五二七八万五九八〇円の所得により被告人の手許に残るのは、僅か二四五二万一八三四円である。もしこれに本件の如く罰金八〇〇万円を科せられるとすれば、被告人の手許に残るのは何と、一六五二万一八三四円であつて、所得の一割強となり、極めて残酷な処罰という外はない。

三、さて、国税通則法第六八条に定める重加算税及び同法六〇条に定める延滞税は、税金額に加算した税金であるかの如き名称が付せられているが、こんな高率の税金が税金であるはずがない。これらは、税金という名目で科せられる行政罰である。行政罰には行政刑罰と秩序罰があり、前者は刑法に刑名の定めのある刑罰(死刑・懲役・禁固罰金・拘留・科料)を科する罰であり、後者は行政上の秩序を維持するために罰として、過料を科すものであるとされている。

重加算税と延滞税は課税率からいつて、到底秩序罰たる過料とはいえない。本件の場合、重加算税と延滞税で約三二八五万円であり、極めて高額の罰である。そうであれば、これら重加算税や延滞税は税金の名目で科せられる行政刑罰としての罰金という外はない。秩序罰としてこんなに高額の過料はない。

従つて本件の場合、被告人は重加算税、延滞税という形式で、実質上は、処罰をうけている。それなのに、更に行政刑罰として、懲役刑と罰金刑をうけるのは、被告人を二重の危険にさらすものであり憲法第三九条後段に違反して重ねて刑事上の責任を問うものである。

亦本刑は、第二項で詳説した如く所得一億五二七八万円余に対し、所得税、重加算税、延滞税等として、計一億二八二六万円余を徴収されている。だから被告人の手許に残るのは僅か二四五二万円余である。若しこれらが、本質的に税金であるとすれば、苛斂誅求の謗りを免れない。所得税の税率は何を基準として定められるのか、明かでない。その時その時の経済、財政、社会政策等によつて定められてをり、極めて流動的であるといわざるを得ないそうであれば、不安定な保護法益に対する処罰としては、実質的に重加算税と、延滞税で十分あるはずである。それなのに、懲役刑と罰金刑を併科し、しかもその罰金額たるや外の行政刑罰ではみられない程の高額な罰金である一億五二七八万円の所得に対し、被告人の手許に残るのは、一六五二万円余である。これでは、被告人は働く気力否生きる力さえ奪われる程の残虐な刑である。

六八才の老人が、しかも医師が、今になつて懲役刑をうけ、更に、二年間の所得の九割弱を国庫に納付させられる事は、所得税違反事件に対する処罰としては、明らかに憲法第三六に違反しているといわなければならない。

いづれにしても第一審判決は勿論の事、これを支持した控訴審判決も、破棄さるべきである。

以上

右は謄本である。

昭和四八年二月二七日

福岡高等検察庁

検察事務官 横手誠人

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